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神戸地方裁判所 昭和56年(行ウ)32号 判決 1987年3月30日

神戸市北区八多町中68の3

原告

中口和男

右訴訟代理人弁護士

羽柴修

右同

野田底吾

右同

高橋敬

神戸市兵庫区水木通2丁目1番4号

被告

兵庫税務署長 山川忠利

右指定代理人

田中治

外4名

主文

一  原告の請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告が原告に対し,昭和55年3月6日付けでなした原告の昭和51年分の所得税の総所得金額を金257万4,365円とした更正処分のうち金165万円を超える部分及び過少申告加算税金5,500円の賦課決定処分をいずれも取り消す。

2  被告が原告に対し,前同日付けでなした原告の昭和52年分,同53年分の各所得税の総所得金額をそれぞれ金305万3,083円,金307万2,373円とした更正処分(いずれも異議決定により一部取り消された後の金額)のうち,それぞれ金190万円,金205万円を超える部分及び各過少申告加算税金7,300円,金6,500円の賦課決定処分(いずれも異議決定により一部取り消された後の金額)をいずれも取り消す。

3  訴訟費用は被告の負担とする。

二  請求の趣旨に対する答弁

主文と同旨

第二当事者の主張

一  請求原因

1  原告は塗装工事業を営む者であるが,確定申告期日に被告に対して,昭和51年分,同52年分,同53年分の各所得税総所得金額を別表一(一)欄記載のとおり確定申告したところ,被告は昭和55年3月6日付けで同表(三)欄の金額(昭和52年分,同53年分については同欄中各①の金額)に更正する処分(以下本件各更正処分という)及び同表(五)欄の過少申告加算税(昭和52年分,同53年分については同欄中各①の金額)を課する賦課決定処分(以下本件各賦課処分といい,本件各更正処分と併せて本件処分という)を行なった。

申告所得金額による各算出税額は同表(二)欄の金額,更正所得金額による各算出税額は同表(四)欄の金額(昭和52年分,同53年分については同欄中各①欄の金額)である。

2  原告はこれを不服として昭和55年4月18日被告に対してそれぞれ異議の申立をしたところ,異議審理庁は昭和55年8月26日付けで,昭和51年分についての異議申立は棄却し,同52年分,同53年分については原処分を一部取り消し,更正所得金額,右金額による算出税額,過少申告加算税額についてそれぞれ別表一(三)欄,同表(四)欄,同表(五)欄中の各②欄記載の金額とする異議決定を行なった。

3  原告は更にこれを不服として昭和55年9月27日国税不服審判所長に審査請求したが,同審判所長は昭和56年6月22日付けで上請求を棄却する裁決をし,原告に通知した。

4  しかし,原告の昭和51年分,同52年分,同53年分の総所得金額及び納付すべき税額は別表一(一)及び(二)欄のとおりであり,本件各更正処分(ただし異議決定により一部取消された後のもの)中右各金額を超える部分及び本件各賦課処分は違法である。

よって,本件各更正処分中別表一(一)及び(二)欄記載の総所得金額(確定申告額)及び税額(申告所得金額による算出税額)を超える部分及び本件各賦課処分の取消しを求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1の事実のうち,昭和51年分及び同52年分の確定申告の相手が被告であることを除いて認める。

右両年度分の確定申告は原告の前住所地を管轄する西宮税務署長に対してなされたものである。

2  同2及び3の事実はいずれも認める。

3  同4は争う。

三  被告の主張

1  課税の経緯について

(一) 原告は,肩書地(ただし,昭和53年10月ころまでは兵庫県西宮市上ケ原2番町3番57号)において「中口塗装店」の商号で塗装工事業を営むいわゆる白色申告者である。

(二) 被告は,原告の本件係争年分の所得税調査のため,職員を原告の居宅に赴かせ,同職員は原告に対し,右各年度分の所得金額の計算に必要な帳簿書類の提示を求め,調査に応じるよう求めた。しかし原告は,右帳簿書類を一切提示せず,調査に全く協力しなかった。

(三) そこで,被告は,やむを得ず原告の取引先等について調査を行ない,その結果に基づいて原告の本件係争年分の総所得金額を算定した。原告の収入金額(売上先等)の明細は別表二のとおりである。

なお,同表売上先欄の「その他」は,被告が本件所得税調査として原告の取引銀行である住友銀行西宮支店の原告名義の普通預金口座及び当座預金口座並びに尼崎浪速信用金庫門戸支店の原告名義の普通預金口座をそれぞれ調査したところ,多数の振込・取立入金及び現金入金が確認できたので,振込先・取立入金について調査したところ,相手方はいずれも原告の取引先であり,また,原告には本件事業収入以外の収入もないことから,原告の塗装業による売上代金の入金であることが判明したものである。

また同表記載の株式会社大宏からの収入金額は,原告が株式会社大宏においてその所有土地を売却するにあたり,買主を紹介したことによる報酬として右株式会社から支払を受けたものであるから,雑所得の収入金額に該当するものである(最高裁昭和52年2月13日判決・税務資料87号308ページ,広島地裁昭和54年7月18日判決・税務資料106号56ページ)。

2  同業者率について

(一) 同業者率の算定根拠について

被告は原告の本件係争年分の売上原価,標準経費,給料賃金及び外注費の金額(以下,売上原価等の金額という。)を算出するに当り,原告と同種の事業を営む他の納税者の収入に対する売上原価等の比率(以下同業者率という)によって推計算出したものであるが,同業者率の算定根拠は次のとおりである。

(1) 原告の事業所が所在していた西宮税務署管内において,個人で原告と同種の事業(塗装工事業者中「建築塗装業」)を営む納税者のうち各年分について次の(ア)ないし(カ)の条件のすべてに該当する者を抽出した。その結果,昭和51年分については4名,同52年分については8名,同53年分については9名の同業者が存在した。

(ア) 建築塗装業を営んでいる者

(イ) 青色申告書により確定申告している者

(ウ) 年間を通じて事業を継続している者

(エ) 他の業種目を兼業していない者

(オ) 不服申立又は訴訟係属中でない者

(カ) 年間収入金額が昭和51年分については金860万円から金1,610万円まで,同52年分については金1,120万円から金2,100万円まで,同53年分については金1,170万円から金2,180万円までの範囲にある者(なお,右金額は原告の収入金額(裁決認定額・昭和51年分金1,236万1,250円,同52年分金1,613万2,490円,同53年分金1,672万2,430円)を中心として上限及び下限の割合がいずれもおおむね30%の範囲の金額である。)

(2) 右に述べた同業者の各年分の青色申告決算書に基づき同業者率を算出すると,その平均値は昭和51年分については78.67%,同52年分については75.36%,同53年分については77.12%となる。その算出の明細は別表六ないし八記載のとおりである。

(二) 同業者率を原告に適用することの合理性について

(1) 同業者率算定の基礎とされた右同業者は,いずれも前記各条件に基づいて無作為かつ機械的に抽出されたものであり,抽出に当って恣意性の介入する余地はない。その結果,抽出された同業者はいずれも原告の業態及び事業規模と類似しているというべきであり,右同業者率には前記類似条件はすべて反映されている。

また,右同業者率算定の基礎とした各計数は同業者の青色申告決算書に基づくものであり,右決算書の記載内容はいずれも正確であって信頼できるものである。

したがって,被告が同業者率を算定したこと及び右同業者率を適用して原告の本件係争年分の売上原価等を推計したことは合理的である。

3  原告の諸経費について

(一) 売上原価等の金額について

別表二記載の各年分の収入合計金額を基礎に右認定の同業者率を用いて原告の売上原価等の金額を算出すると,昭和51年分金998万1,453円,同52年分金1,203万9,243円,同53年分金1,338万3,930円となる。

(二) 標準外経費について

原告の標準外経費は,昭和51年分が支払利息金8万2,805円,地代家賃金2万8,800円,合計金11万1,605円,同52年分が支払利息金10万5,976円,地代家賃金2万8,800円,合計金13万4,776円,同53年分が支払利息金4万5,400円,地代家賃金2万8,800円,損害補償金1万2,000円,合計金8万6,200円である。

4  原告の総所得金額について

別表二収入金額記載の本件係争年分の収入合計金額から右に述べた諸経費を控除すると,原告の総所得金額は,昭和51年分が金295万4,692円,同52年分が金440万1,621円,同53年分が金388万4,550円となり(その明細は別表四のとおり),この範囲内でなされた被告の本件各更正処分及び過少申告加算税の本件各賦課処分(昭和52年分及び同53年分についてはいずれも異議決定後の金額)はいずれも適法である。

四  被告の主張に対する認否

1  被告の主張1の(二)は否認する。

2  同1の(三)のうち,別表二の記載中株式会社平山工務店の昭和51年分ないし同53年分,前田建設株式会社及び富吉工務店の各昭和51年分及び同53年分,株式会社タナカ鉄工所の昭和52年分,矢能建具店の昭和53年分,「その他」の昭和51年分ないし同53年分の収入金額は否認し,その余は認める。

なお,右株式会社平山工務店,前田建設株式会社,富吉工務店,株式会社タナカ鉄工所,矢能建具店についての原告の主張金額は別表3のとおりである。

また原告が別表二記載のとおり株式会社大宏から金60万円を取得したこと,右は右会社がその所有の土地の売却に関連して原告が買主を紹介し売買が成立した礼金として受取ったものであることは認めるが,それが雑所得であるとの主張は争う。これは一時所得と認定されるべきである。

同1の(三)のその余の事実は否認する。

3  同2は,被告主張の推計が合理的であるとの点は争う。

4(一)  同3の(一)中,原告の本件係争年分の売上原価等の金額の点は否認する。

原告の営業形態が殆んど外注に依存しているため,原告が外注費として支払った金額は,昭和51年分金757万9,500円,同52年分金897万2,000円,同53年分金1,080万8,400円であり,その明細は別表五のとおりである。

仮に被告が原告の各年分の収入金額であると主張する別表二の全額を認めたとしても外注費の収入金額に占める割合は昭和51年分59.74%,同52年分55.13%,同53年分64.77%と高いのであって,被告の主張する同業者率は原告には適合せず,右同業者率によって原告の売上原価等の金額を算出することは正当ではない。

(二)  同3の(二)の標準外経費についてはいずれも認めるが,右の他に昭和52年分については,影山工務店に対する金30万円の末収金は貸倒れ損失金として計上すべきである。

五  原告の反論

1  本件推計課税と同業者率について

(一) 課税はあくまで実額課税が原則であり,推計課税は例外でなければならない。

(1) 被告をはじめ課税庁は実態とかけはなれた合理性を欠く推計課税を到るところで安易に行ない,零細な事業者に「微税」と称する過酷な財産権侵害を行なっている。原告があえて「財産権の侵害」と断ずるのは,それ程の所得のないものから,それ程の所得があると推計し,所得のないところから極めて不当な税の徴収を強行しようとしているからである。事業者が帳簿をつけていないから,大まかに網をかぶせて課税しても良いという安易で皮相な見方は厳に慎むべきである。事業者(納税者)に対する課税はあくまで実額課税が原則であり,推計課税は例外であって,推計課税の要件は厳格であり,かつ,推計の結果も合理的なものでなければならない。

(2) 第一に,所得税法は申告税制度を採用し,税額の決定権を第一次的に納税者に与えている。すなわち,「申告に基づく実額課税を原則とする現行税制下において,推計課税の制度はあくまで例外的な課税方法であり,課税当局が推計を誤りしかも納税義務者においてこれを覆するに足る資料を欠くときは実額以上の課税を甘受せざるを得ない結果となるから」(鳥取地判・昭和45年3月20日・税資59号386頁,同旨鳥取地判・昭和47年4月30日・税資65号639頁)であり,「税法が納税申告制度を採用し,実額課税をその本則としていることはいうまでもないから」(大阪地判・昭和46年9月14日・税資63号529頁)とされる。更に更正決定そのものが「申告納税制度のもとでは,税務署長の更正,決定による課税は例外であるうえに,所得課税は実額課税が原則であるから,推計による税額の確定はあくまで例外にとどまるべきである」(千葉地判・昭和46年1月27日行集22巻1,2号26頁)のである。

第二に,「租税法律主義のもとにおいては,課税標準等の認定は,調査実額によるのが本則であり,推計に基づく課税処分が許されるのは……課税庁において直接所得の実額を把握しえない場合に限られるもので」(東京地判・昭和48年3月11日・税資69号935頁)あり,租税法律主義からも,推計課税は例外的であるとされる。

第三に,「租税行政の公正を期し,納税者の権益を保証するためにも調査実額に基づいて,課税がなされるのが本則である」(横浜地判・昭和51年5月27日・税資88号880頁,同地判同年同月同日・税資88号925頁)のが当然である。

第四に,「所得税の課税標準を決定するためには,納税義務者である個人の当該年度における具体的な所得額を確定する必要があるが,そのための税務調査の方法は,原則として納税義務者の真実の所得額を調査する,いわゆる実額調査でなければならない。ところが所得の把握は,所得額算出となるべき収入及び必要経費のすべての正確な記録が存在する場合にのみ可能であるから,そのような記録がないか,あっても不正確で信用できない場合には結局実額調査はなし得ないから,課税標準が決定されないことになる。しかし,そのような場合でも国は,課税権を放棄することができないから,何らかの方法で課税標準を決定しなければならないが,そのために用いられる方法が推計調査の方法であり,従って推計調査は実額調査によることができない場合に止むを得ずとられる補充的,技術的方法であって,しかもそれは主として当該納税義務者以外の者から得られた平均的数値で適用されることによってなされる計算方法であるから,常に真実の所得額との間に誤差を生ずることを避けられないものであることを考慮すれば税務官庁は,申告所得額を更正する場合に,濫に推計調査の方法によって所得額を決定することは許されず,実額調査が不能な場合にのみ推計調査の方法により得るものというべきである」(神戸地判・昭和36年4月11日・税資35号350頁),「税務当局が更正処分をなす場合には,可能な限り所得の実額を把握することに努めることが,課税の正確性の点から見て必要である。その際,納税者が所得の実額を算出する上で有効と考えられる資料を提出した時は,申告納税制度の趣旨からも,これをできるだけ尊重し,これを実額算定の資料として使用すべきものであって,当該資料のささいな不備等を理由としてこれを無視し,安易に推計課税の方法によるべきものではない」(福岡地判・昭和49年3月30日・税資74号1014頁),「一般に,推計課税は十分な直接の証拠資料がないため,収入又は支出金額の実額が捕捉できない場合に,蓋然的近似値を一応真実の収入又は支出金額と認定して課税する制度であるが,あくまで実額課税が原則である以上……収入支出金額の実額を捕捉することができず,推計によらざるを得ない必要性のある場合に限って許されるものと解すべきである」(大阪高判・昭和51年6月30日・行集27巻6号965頁)と各裁判例が指摘するように,推計課税は不確実であり,その濫用により納税者が著しく不利益を蒙るおそれがある。

以上のとおり,実額課税が大原則であり,推計による課税はあくまで例外であり,その採用は厳格に行なわれねばならない。

(二) 本件においては推計課税の前提要件がすでになかった。

被告は原告に対して,推計により更正処分を行い,本件訴訟においても,同業者率なるものを推計の方法として提示している。しかしながら,前項において明らかにしたとおり,推計による課税は例外的なものであり,実額による課税が不可能若しくは困難な場合においてのみ許されるところである。判例も「推計による課税処分が許容されるのは,納税者が信頼するに足る帳簿等の資料を備えていないため,あるいは課税庁の調査に対してそのような資料の提示を拒否するなど非協力的な態度をとる等のため所得を実額で把握し得ない場合(推計の要件)に限られる」(前掲横浜地判外)と推計の前提要件として①資料の不存在,②資料の内容の不正確,③調査非協力をあげている。ところが,本件では被告は原告の収入金額については実額を主張している。また原告の経費の部分である外注費についても,原告は工事現場も特定した詳細な記録を残している。被告は,原告が被告の調査担当者に面接せず,非協力だったので実態の調査ができなかったと主張するが全く根拠を欠くものである。すなわち,被告の担当者が1,2度面接を打診したところ,原告は腰痛に苦しみ通院中で,かつ,その直後には,原告の子供が盲腸で入院するという事件があり,短期間に面談の機会がなかったものにすぎない。被告はもともと実額による課税の手間をはぶくため,このような原告の苦境を調査拒否と称して,推計による課税を強行したのである。このようにそもそも本件では推計による課税の根拠はなく,ただ,実額把握の努力懈怠があっただけである。

(三) 推計課税は実額と掛け離れることは許されない。

推計の結果が合理的なものでなければいけないことはいうまでもない。

推計課税の方法として,本件では「同業者率」課税なる方法が使用されている。そして,同業者率とは「納税者と同規模,同程度の同業者を選定して,その者の差益率などを適用して本人の所得金額などを算出する方法であり,同業者が本人に近似する程近似値が得られるという考えに基づく」とされる(「租税争訟の理論と実際」南博方184~185頁)。逆にいえば,算出された数値が近似値たりうるだけの業態の類似性がなければならないが,実際の運用においては,あまり掛け離れた「同業者」なるものを一部除外して同業者率を検討する裁判例(京都地判・昭和51年7月16日・行集27巻7号987頁,同・昭和52年7月15日・行集28巻8号775頁)もあるが,さしたる科学的(経済学,会計学)根拠もないのに「経験則上妥当である」とか「この程度では,不合理といえぬ」などとして,実額により近似したものであることの要件をゆるめ,納税者に過酷な結果をもたらしている例もある。いうまでもなく実額をはるかに超えた課税の強行は,形式的に「同業者率」なるものを利用していても財産権の侵害に違いないので,それが許容されるべきでなく,実額に近似していることが科学的に認められる場合にはじめて推計課税が許容されるものといわねばならない。原告は木造建築(住宅,店舗)の内外装塗装業をしているが,職人をおかない譲渡工事を中心とする下請零細業者である。すなわち,施工業者,元請の発注による工事をその発注金額で,採算がとれるかとれないかを度外視してとにかく仕事を受ける。見積りを出して値を決める余裕もなくその日の仕事をもらい仕事を続けることによって得意先を維持していかなければならない弱い立場の業者である。しかもその受けた仕事はそのほとんどを再下請に譲渡し,わずかな利益を得てあとは若干の原告自身による現金工事で生計を立てている。したがって,売上収入に対する利益率は極めて低いのであるから,被告のように売上額によって原告とは業態の全く異なる類似業者の経費率を適用して原告の所得を算定するのは根本的に間違っている。

(四) 同業者率批判について

(1) 「同業者」として選定されるものの虚構について

信用調査機関の倒産情報のように,それを業とするものでなくても,我々のまわりには絶えず倒産,破産という経営の停廃にかかる事態が見聞される。営利を目的とした個人や法人の事業活動にもかかわらず,実際は目的や期待どおりに事業が運営されず,また景気その他事業をとりまく環境の如何により長期間の赤字や倒産等,事業活動の停廃が生じていることは,まさに資本主義社会での経験則である。我国の申告法人中,半数程は赤字申告をしているといわれているのが現実である。そして,青色申告をしている者はその特典を保持すべく,仮に赤字になっても申告をやめることはないのである。

さて,原告は自らの努力にかかわらず諸般の事情から昭和51年分金165万円,昭和52年分金190万円,昭和53年分金205万円の所得(利益)しかあげられなかったが,もっと業績が悪く,所得(利益)があげられない者も多くいる。ところが,一度被告が推計課税を行うことになると,「同業者」なるものはほとんどが原告と比較して高い所得をあげる者として登場してくるのである。このような現実の赤字,倒産が日常茶飯事の中で「同業者」なるものが揃いも揃って優良企業であることは全く経験則にも反する。

これに対して,倒産,赤字転落の事業者なら金1,200万ないし金1,800万円の収入をあげられるものはいないという反論があるかもしれない。しかしながら,何年か以前には金3,000万ないし金4,000万円の収入を得ていた業者の経営が傾き,数年に渡り金1,200万ないし金1,800万円の収入しか得られず赤字を続けることなどいくらでもありうる。

以上のとおり,原告としては被告の「同業者」の抽出なるものは,健全な社会常識から,高い所得のあげられている優良業者のみをとりだしているものと断言できる。とりわけ,本件では昭和51年の「同業者」として提示された4軒の業者がすべて翌年から忽然と姿を消すなどあまりに不自然である。

(2) 損益計算から見た「同業者」の要件を売上で括る誤り

被告の主張する「同業者」の経費率(裏がえせば所得率)は経費を全く均質,無性格なものとするが,それは誤りである。経費には一定期に一定額が発生する固定費,例えば給料,設備等の償却費,地代家賃と,売上(収入)に比例して増滅する経費,例えば原材料費,外注費などの変動費にわけられる。そして,これを検討すれば,企業あるいは事業の所得を決めるのは必ずしも「売上げ高」によるものでなく,売上げが損益分岐点をこえるところがどこにあるかによって決まるものである。だから,所得を算出する根拠としての「同業者」を売上によりくくることは全く意味がないことが明らかである。そして,本件では被告は「同業者」なるものにつき,設備の同規模であるか否か,人員が同程度の人数であるかどうか(以上,固定費に関して),また,変動費率が同程度であるか否か(仕事の性質の同質性)については全く検討をしていない。被告の「同業者」の要件が収入を原告の裁決認定収入金額を中心に上下30%できった範囲であれば「同業者」と言えるとする主張が,いかに日々生きて活動をしている事業の実態からかけはなれているかが明らかであろう。

2  被告主張の「同業者率」の野村鑑定書による科学的批判について

(一) 課税方法(実額課税か推計課税か)という法律的側面からのみならず,会計学上からも「所得」の計算は個別具体的な事実に基づき確定されなければならない。ことに平均的数値の適用は仮に「同業者」の要件なるものが十二分に充足されていても,被処分者が得た所得以上の「所得」を計上し課税することになる確率が50%以上ある(よって,少なくとも被処分者が蒙る被害を最低限にするためには,「同業者」としてあげられたものの最低の「所得率」で被処分者の所得を算出しなければならない。)。

本件で被告が提出した事例はつまるところ,収入基準のみで業態の類似を満たせるとするもので,理論的にも実態にも妥当しない。

(二) 「同業者率」算定,適用において検討さるべき理論上の諸問題

被告のいう「同業者率」は会計学上の原価率と呼ぶものであるが,①業種(どの程度のものを業種とするのか大変疑問が多いが),②事業規模(ここでは年間収入額―ただし,必らずしも事業規模は年間収入額と等しいとはいえない)がほぼ同じなら原価率は同じという仮定に立つがこれはすでに誤りである。

すなわち,売上の伸縮は事業の操業度に大きく依存しているからである。

しかも,原価の分類も操業度との関連でとらえるのが大蔵省企業会計審議会の「原価計算基準」で明らかにされている。

そして,原価には前記のとおり,固定費(企業,事業が存在すれば操業の程度にかかわらず必要な経費)と変動費(操業度の増減に応じて変化する経費)にわけられる。

そこで「同業者」というなら,①固定費,すなわち設備規模がまず同一であることが必要である。次に②固定費,すなわち設備規模が同一であっても,操業度のちがいで経費率が変わってくる。したがって,同じ売上があっても経費率が同様とはいえない。

さらに,本件のような事例では生産能力(固定費)についても時々変動が考えられる。

かくして,本件で「同業者」と主張する以上,少なくとも「生産能力」「操業度」の同一性を事実をもって明らかにしなければ「同業者率」は限りなく大きな誤りも含む可能性をもつものといわねばならない。また「同業者との類似性を認定するに当たり,考慮されるべき要素としては,業種,業態(取扱品目,販売価格等),事業規模(売上高,仕入高,従業員数,設備内容,店舗面積等),立地条件等があげられる」「推計課税の合理性について」時岡泰外)のであり,判例の中には,所得の推計につき,同業者の選定に厳格な類似性を要求し,「たとえ同一区内の同様の環境下にあっても,近所に同業者があるか,又近隣の商店が従業員用の食堂設備を有しているかその他店内および従業員の清潔度,味付の巧拙等の条件により,その売上が大きく左右される」と述べ,さらに椅子席と座敷の別,丼物の量・品質,売上数量の同一性,営業年数についてまで類似性を要求する事例(大阪地判・昭和47年3月22日・行集23巻3号110頁)も存在する。

(三) 事例の実証的解析により判明したこと

本来,原価率が収入(売上)に比例することは「同業者率」の妥当性の根拠である。しかし,本件ではそれがみられないのである。しかも,昭和51年分の「同業者」たる4軒はすべてその後の「同業者」から脱落しているのである。

(四) 原価内訳項目の分析から明らかになったこと

仕事の内容,性質の違いは原価の違いとして表われ,業態の構造的差(規模の違い)は給料,専従者給与(固定費)外注費(変動費)の著しい差を表わす。併せて,同業種(塗替)であるが,塗替対象物として金属,鉱物と木造建物,また塗装方法として機械による塗装,刷毛による塗装などの差異が原価の違いとして数字的にも表われているものと考えられ,とても業態の同一性があるとは言えない。

(五) 「同業者」の連続データについて

わずか一年の間に著しい経費に関する変化がみられることから明らかなように,実際各「同業者」の個別性に事実をもって踏み込んでみないと業態の同一性,類似性の有無を断言することはできないのである。

(六) 「同業者率」算定の必要条件について

原価率算定上の業態の類似性は経営構造の類似性として,①同一操業度,②類似規模,少なくとも,原価率,給料賃金率の同水準は最低条件である。しかも,塗装業の内容の調査は全く容易である。塗装工事の結果がかなり長期にわたって残っているからである。実際,被告は原告の受注先,受注場所もほぼ把握しているのである。ところが,被告はこのような容易な調査さえ怠り,根拠がないことが明らかな収入金額,「同業者率」だけに拘泥しているのである。

(七) 被告は,変動費である外注費と売上原価及び給料賃金を同質のものとして同業者率によりその合計額を推計しているが誤りである。給料賃金は受注がなくても支払われる固定費であり,工事原価,外注費は受注に応じて支払われる変動費であり,全く性質をことにし,個々の業者における「同業者」の業態をはかる指標には全くなりえないことは誰の目にも明らかで会計的には誤りである。

以上のとおり,被告の主張する「同業者」の類似性に関する主張は全く根拠のないことが学問的にも明らかである。

六  被告の再反論

1  本件推計課税の合理性について

推計課税は,納税者が信頼できる帳簿書類等を備付けていないとか,課税庁の調査に対して非協力な態度をとる等,課税庁において納税者の所得金額を実額によって把握できない場合に許されるものではあるが,推計課税はその制度趣旨からして専ら納税者について外部から客観的に把握できる諸要素に基づいて同業者との類似性を判断し,あくまで近似値によって所得金額を認定しようとする制度であるから,納税者と同業者の事業内容が完全に一致することまでも要求されるものとはいえず,近似値としての推計を不合理ならしめる程度に特殊と認められる事情が同業者に存しない限り類似性があり,推計は一応合理的と認められる(大阪地裁昭和58年2月23日判決,昭和54年(行ウ)第125号~127号事件)。

2  原告の営業形態について

原告は,「原告の請負った工事のほとんどを下請業者に譲渡するので,同業他者と比較して売上収入に対する利益率は極めて低い」と主張するが,一般に建築塗装業者の中には各業者自身の経営方針に基づき,労務関係の費用については常雇いの従業員を多くして外注費や臨時雇人を少なくする場合と,逆に常雇いの従業員を少なくして外注費や臨時雇人を多くする場合の二通りが認められる。そして,前者の方法の場合は経常的な給料賃金の比率が高くなるが,臨時の雇人費や外注費の比率が低くなり,また逆に,後者の方法の場合は常雇いの従業員の少ない業者は経常的な給料賃金の比率が低くなるが,臨時的な雇人費や外注費の比率が高くなる。しかしこれらの差異は労務費を必要とする同業種において経営者が経済的合理性の立場から自己の得られる利潤の極大化をはかっていずれか,若しくは両者の中間形態が選択されるものであるが,結果的には,そのいずれの方法を選択するかによって利益率に大きな影響を与えるものではない。

3  同業者率について

原告は被告の採用した同業者率について批判するが,右批判は課税処分取消訴訟における推計課税の合理性基準についての判例理論及び税務行政の実情(納税者の対応態度も含めて)を全く無視若しくは理解しないものである。

4  原告の総所得金額について

(一) 原告は,被告の推計による原告の絡所得金額は実額又は原告算定の総所得金額(別表一一)と余りにもかけ離れ不当である旨主張するが,原告主張の右金額自体について,原告がその存在を強く否定する被告主張の現金売上を加えたところでも,係争各年分とも確定申告額を下回るという奇異な結果を示している。

このような結果がいかに実態とかけはなれたものであるかは原告の総所得金額を計算の可能な昭和52年分及び同53年分に限って純資産増減法により推計してみても別表一〇のとおり昭和52年分の総所得金額が金407万0,584円,同53年分が金381万4,419円となることからも明らかである(昭和51年分については昭和50年の預金残高が不明であるため算出できない。)

(二) すなわち,まず預金の増減については住友銀行西宮支店の預金が,昭和52年分は金13万3,499円,同53年分は金36万2,291円増加し,尼崎浪速信用金庫門戸支店の預金が昭和52年分は金17万7,009円増加し,同53年分は金38万5,728円減少している。

借入金の返済状況をみると尼崎浪速用金庫門戸支店に対する借入金について,昭和52年分では金39万6,000円を,同53年分では金34万円をそれぞれ返済し,日本団体生命保険株式会社に対する借入金について昭和52年分では元利金合計金39万7,172円,同53年分では金39万3,896円をそれぞれ返済し,国民金融公庫に対する借入金について昭和52年分では元本を金36万円,同53年分も同じく金36万円返済しているのである。

借入金についてみると昭和53年12月に原告の所有土地建物に抵当権設定登記をなし住宅金融公庫から金450万円借入れしている。

また,原告は,昭和53年に神戸市北区八多町中字ふけ68番地において家屋を新築している。しかし,右家屋の建築価額は,不明であるが,常識的にみて住宅金融公庫貸付額を下回ることは考えられないことから原告の建物取得価額を住宅金融公庫借入額である金450万円とした(なお,建築統計年報によれば昭和53年の兵庫県における一平方メートル当たりの建築価額は,金9万5,712円であり,これによって原告の居宅の建築費用を推計すると金835万4,700円となるが,原告の有利に右のように住宅金融公庫借入額と同額とみたものである)。

(計算式)

昭和53年の木造の居住専用建築物の工事費予定額27,458,073万円÷床面積の合計3,069,602m2=1平方メートル当たりの工事費予定額89,451円

1平方メートル当たりの工事費予定額89,451円×工事実施額を推計するための補正率1.07=1平方メートル当たりの工事実施額95,712円

1平方メートル当たりの工事実施額95,712円×原告の居宅の建築面積87.29m2=原告の居宅の推計建築費用8,354,700円

以上,原告の純資産の増加額の合計は,昭和52年分では金146万3,680円,同53年では金107万0,459円となる。

(三) ところで,個人において当該年分に資産として蓄積されるのは,当該年分の所得金額のうち家計を維持するうえで必要な金額すなわち生計費を費消した残りがあてられるものであるから,前述した純資産増加額に年間の消費支出,社会保険料及び生命保険料の全額を加算したものにより所得金額が推計されることとなる。そこで原告の消費支出を統計資料により推計すると,総理府統計局の統計資料「昭和38年~昭和55年の家計」によれば神戸市における1世帯当たり年平均1ケ月間の消費支出は昭和52年,金19万7,007円,同53年金20万0,841円であり,これを年間の消費支出に換算すると,昭和52年分が金236万4,084円,同53年分が金241万0,092円となる(なお,右統計資料によるとこの消費支出の基礎となった一所帯当たりの平均人員は昭和52年が3.57人,昭和53年が3.76人であるが,原告の家族数は両年共に4人であるから右の計算結果は原告にとってかなり有利な数値である。)。また原告は,社会保険料として昭和52年分には金12万7,500円,同53年分には金21万8,548円を支払い,生命保険料として昭和52年分及び同53年分において金11万5,320円を支払っている。

(四) 以上のとおり資産増減法により原告の昭和52年分及び同53年分の所得金額を推計したとしても別表一〇のとおり原処分額を上回り,被告の主張額を若干下回る程度であるから,被告主張額が実態的な観点からみても極めて真実に近い数値であることは明らかである。

七  被告の主張する純資産増減法による所得推計についての原告の反論

1  被告は,右増減法による推計を計算の可能な昭和52年,同53年に限って行ったとし,昭和51年は預金残高が不明だから算出しなかったとしているが,もともと単年度毎又は,一年の期間のみに限って資産の増減による推計をするのは合理的でない。原告は昭和51年,54年,55年,57年,59年に多額の借入をし,借金による自転車操業をしているのである。したがって,単年度の預金の増減を資産として評価するのは完全に間違っている。また,原告は右借用金以外に実兄(中口静夫)からも金20万ないし30万円の借入を頻繁にしているというのであるから,昭和52,53年についても同様の新たな借入金による借入金返済がなされていたとみなければならない。

2  現在,即ち,昭和61年の時点においても,原告の負債残高は合計金226万円の他に県民信用組合からの借入残金210万円を加えて合計金400万円を越えているのである。要するに,原告はほぼ毎年金100万ないし200万円の借入を繰り返すことによって,それまでの借入金を順に返済し,なお,かつ,未返済の金額があるというのであるから,このことを無視した資産増減による推計は不当という他ない。

3  更に,被告は総理府統計局作成の昭和38年ないし55年の家計を引用し,年間消費支出の金額を算出している。しかしながら,原告宅では穀類のうち米は原告及び原告の妻の実家から調達していたこと,酒類については原告自身一切飲まないこと,電化製品についてもテレビ,冷蔵庫がある位で極めて質素な生活実態であることなどから一律に右家計の数字を採用することは全く当を得ない。原告宅では長男がいるが,高卒のみで大学にはいっていないこと,原告の妻がパートにいって生活を維持していることなどからみても,それぞれの家庭には個別の生活事情,実態があるというべきである。したがって,被告主張の年間消費支出の額は右個別事情を無視した統計上の数字にすぎず原告の家庭の実態とはかけ離れたものといわざるを得ない。

4  以上述べたことから,被告主張の資産増減法による所得推計には何ら合理性がなく,右推計を根拠に被告主張額が実態的にみても真実に近い数字であると主張するのはあたらない。

第三証拠

証拠関係は本件記録中の書証目録及び証人目録記載のとおりであるから,これをここに引用する。

理由

一  請求原因について

1  請求原因1の事実は,昭和51年分及び同52年分の確定申告が被告に対してなされることを除き,また同2及び3の事実はすべて当事者間に争いがない。

2  請求原因1の事実のうち,昭和51年分及び同52年分の確定申告が原告の前住所地を管轄する西宮税務署長に対してなされたことは,いずれも成立に争いのない乙第10,第11号証によって認めることができる。

二  原告は,本件各更正処分のうち所得金額が申告額を超える部分は被告税務署長の過大認定であって違法である旨主張するところ,被告は右認定は推計によるものである旨主張するので,まず推計の必要性について判断する。

1  被告の主張1の(一)について原告は明らかに争わないので自白したものとみなす。

2  本件推計課税の必要性

およそ,所得課税は可能な限り所得の実態によるべきであるから,所得の推計による課税は,納税者が信頼できる帳簿等を備えておらず,課税庁の調査に対しても非協力的な態度をとるなどのため,課税庁において所得の実額を把握できないときにはじめて許容されるものといわなければならない。

これを本件についてみるに,成立に争いのない甲第1号証の1,2,原告本人尋問の結果(第1回)及び弁論の全趣旨を総合すると,被告担当職員は原告の昭和51年分ないし同54年分の所得税調査のため,昭和55年1月21日ころ,原告宅に臨場したが原告は不在で面接できなかったので,以後電話によって5回程原告に対して所得金額の計算に必要な帳簿書類を提示して調査に応ずるよう調査の協力を求めたが,原告はその都度腰痛あるいは息子の盲腸等を理由に被告の右調査要請に応じなかったこと,また,原告は被告に対して,調査の日を自分の方から連絡すると応答しながらも同年3月ころまで何ら調査日の指定連絡を行わなかったこと,右事情のため結局,被告は原告から本件右各年分の帳簿書類等資料の提示及び原告の説明を全く受けられなかったことが認められる。原告本人尋問の結果(第1回)中右認定に反する部分は採用せず,他に右認定を覆すに足りる証拠はない。

そして右事実によれば,原告は被告調査担当職員に対して本件各係争分の帳簿書類の提示又は説明などの調査協力を正当な事由もなく拒んだ(原告主張のような腰痛又は子供の盲腸という事由があったとしても前記認定事実のもとにおいてそれがために直ちに正当な事由があったとはいえない)というべきである。

また,原告は本件において,「被告が原告の収入金額については実額を主張している」とし,他方「原告が経費のうち外注費については外注した工事現場を特定した詳細な記録を残している」とし,右事情から本件においては「実額課税が可能であり,推計課税の前提要件がなかった」と主張するが,被告が収入金額の一部については実額を主張していることは弁論の全趣旨から明らかであり,後記三―(二)で認定のとおり,原告には本件係争各年度に別表二記載の売上先の明らかな各取引以外にも相当数の取引が存在し,被告が補捉した同表中「その他」の欄に記載されるような現金売上の取引先はその一部であること,また後記三2(二)売上原価及び標準経費等についてで認定のとおり,原告の主張する外注費が事実と符合するか疑問が持たれるのであるから,原告の所得金額を算定するにあたって重要な要素となる収入金額及び必要経費の実額を把握するための資料が提供されなかったことは明らかであり,したがって,本件においては収入金額及び必要経費の双方につき推計課税による必要性があるといわねばならない。

三  所得の算定

1  収入金額について

(一)  原告の塗装業による本件係争各年分の収入金額が,株式会社平山工務店の昭和51年分ないし同53年分,前田建設株式会社及び富吉工務店の各昭和51年分及び同53年分,株式会社タナカ鉄工所の昭和52年分,矢能建具店の昭和53年分,「その他」の昭和51年分ないし同53年分を除いて別表二「1売上先明細表」記載のとおりであることは当事者間に争いがない(なお,右同表によれば,昭和52年分について,影山皓一から金5万円,影山工務店から金30万円とそれぞれ別個に記載されているが,郵便官署作成部分についてはその方式及び趣旨により公務員が職務上作成したものと認められるから真正な公文書と推定され,その余の部分については原告本人尋問の結果(第1回)によって真正に成立したものと認められる甲第5号証の一によれば,影山皓一は影山工務店の経営者であることが,原告本人尋問の結果(第1回)によれば,原告の影山工務店との取引は昭和52年に1回あったのみであることが,大阪国税局作成部分についてはその方式及び趣旨により公務員が職務上作成したものと認められるから真正な公文書と推定され,株式会社住友銀行作成部分については弁論の全趣旨により真正に成立したものと認められる乙第13号証によれば,原告は昭和52年5月11日に影山皓一から受け取った現金5万円を株式会社住友銀行西宮支店の自分の当座預金口座に入金したことが,前記甲第5号証の1及び弁論の全趣旨により真正に成立したものと認められる同号証の2並びに前記原告本人尋問の結果(第1回)によれば,代金35万円のうち残金30万円について,昭和52年8月24日に請求書を影山工務店宛に郵送したものの転居先不明で返送されたことがそれぞれ認められ,これらの事実によると,原告の昭和52年分の影山皓一及び影山工務店に対する前記各売上金の記載も,結局,1個の金35万円の取引によるものと認められる。)

そして,いずれも大阪国税局作成部分についてはその方式及び趣旨により公務員が職務上作成したものと認められるから真正な公文書と推定され,株式会社平山工務店作成部分については証人黒川曻の証言によって真正したものと認められる乙第3号証の1ないし3によれば,原告の株式会社平山工務店からの収入金額は,昭和51年分が金522万7,500円,同52年分が金612万2,950円,同53年分が金793万9,580円であることが,いずれも大阪国税局作成部分についてはその方式及び趣旨により公務員が職務上作成したものと認められるから真正な公文書と推定され,前田建設株式会社作成部分については証人黒川曻の証言によって真正に成立したものと認められる乙第4号証の1及び3によれば,前田建設株式会社からの収入金額は,昭和51年分が金226万4,600円,同53年分が金261万0,700円であることが,大阪国税局作成部分についてはその方式及び趣旨により公務員が職務上作成したものと認められるから真正な公文書と推定され,富吉工務店作成部分については証人黒川曻の証言によって真正に成立したものと認められる乙第5号証によれば,富吉工務店からの収入金額は,昭和51年分が金127万8,050円,同53年分が金58万6,500円であることが,大阪国税局作成部分についてはその方式及び趣旨により公務員が職務上作成したものと認められるから真正な公文書と推定され,株式会社タナカ鉄工所作成部分については証人黒川曻の証言によって真正に成立したものと認められる乙第6号証によれば,株式会社タナカ鉄工所からの昭和52年分の収入金額は金2万円であること,大阪国税局作成部分についてはその方式及び趣旨により公務員が作成したものと認められるから真正な公文書と推定され,矢能建具店作成部分については証人黒川曻の証言によって真正に成立したものと認められる乙第7号証によれば矢能建具店からの昭和53年分の収入金額は金44万9,000円であることがそれぞれ認められ,原告本人尋問の結果(第1回)中右認定に反する部分は措信できない。

(二)  また,前記乙第13号証,大阪国税局作成部分についてはその方式及び趣旨により公務員が作成したものと認められるから真正な公文書と推定され,株式会社住友銀行作成部分については弁論の全趣旨により真正に成立したものと認められる乙第14号証,大阪国税局作成部分についてはその方式及び趣旨により公務員が職務上作成したものと認められるから真正な公文書と推定され,尼崎浪速信用金庫作成部分については弁論の全趣旨により真正に成立したものと認められる乙第15号証,証人黒川曻の証言及び原告本人尋問の結果(第1回)並びに弁論の全趣旨によれば,原告の取引金融機関である株式会社住友銀行西宮支店の原告名義の普通預金口座及び当座預金口座並びに尼崎浪速信用金庫門戸支店の原告名義の普通預金口座は原告の塗装業の取引先からの入金方法として用いられていること,原告名義の右三預金口座には振金212万込者は明らかではないが,昭和51年中に合計7,500円の現金が,昭和52年中に合計金241万2,000円の現金が,昭和53年中に合計金181万5,000円の現金がそれぞれ入金されたこと,原告は塗装業以外には現金収入の途がなかったことが認められ,右各事実によると右現金入金は専ら塗装業の売上金の入金であると推認され,さらに成立に争いがない甲第1号証の2,証人黒川曻の証言により真正に成立したものと認められる乙第8号証,いずれも大阪国税局作成部分についてはその方式及び趣旨により公務員が作成したものと認められるから真正な公文書と推定され,その余の部分については弁論の全趣旨により真正に成立したものと認められる乙第20ないし第22号証(照会回答書),いずれも質問者である大阪国税局作成部分についてはその方式及び趣旨により公務員が作成したものと認められるから真正な公文書と推定され,その余の応答者の作成部分については弁論の全趣旨により真正に成立したものと認められる乙第24,第25号証(質問てん末書),証人黒川曻の証言によれば,原告には本件係争各年度に別表二記載の各売上先名の判明している売上金額以外にも相当数の現金取引を含む取引が存在したこと,これらには,別表二記載の各売上先名及びその売上金額が判明している取引とは別個のものであることが認められ,右各認定に反する原告本人尋問の結果(第1回)は措信できず,他に右認定を覆すに足りる証拠はない。

そして右事実によれば,原告の本件係争各年分における売上先及びその収入金額が明記されていない取引の収入金額は,別表二の「その他」欄記載の,昭和51年分が金212万7,500円,同52年分が金241万2,000円,同53年分が金181万5,000円を下らないものというべきである。

(三)  原告が昭和52年に訴外株式会社大宏から土地売買に関連して金60万円を受け取ったこと,右は右会社がその所有土地を売却するにあたり,原告が買主を紹介したことに対する報酬ないし礼金であることは当事者間に争いがない。そして,弁論の全趣旨により真正に成立したことが認められる甲第9号証,大阪国税局作成部分についてはその方式及び趣旨により公務員が作成したものと認められるから真正な公文書と推定され,株式会社津田地所作成部分については弁論の全趣旨により真正に成立したものと認める乙第16号証,によれば,右金員は土地売買の仲介手数料として,昭和52年3月16日ころ,右訴外株式会社大宏から原告に小切手によって支払われたことが認められ,右によれば,右金60万円の収入は土地売買の仲介という役務の提供の対価として所得税法35条1項にいう雑所得に該当するものと解するのが相当である。

(四)  そうすると,原告の本件係争年分の塗装業による事業所得の収入金額は,少くとも別表九「①事業収入金額」欄記載の金額,雑所得については,同表「⑤雑所得」欄記載の金額がそれぞれ存在したことが認められる。

2  必要経費について

(一)  標準外経費について

原告の本件各係争年分の標準外経費として,別表四の④記載のとおり,昭和51年分が支払利息金8万2,805円,地代家賃金2万8,800円,合計金11万1,605円,同52年分が支払利息金10万5,976円,地代家賃2万8,800円,合計金13万4,776円,同53年分が支払利息金4万5,400円,地代家賃金2万8,800円,損害補償金1万2,000円,合計金8万6,200円がそれぞれ存在することについてはすべて当事者間に争いがない。

なお,右利息支払金についてはともかくとしても,右地代家賃金2万8,800円については標準経費として後記推計による標準経費中に含まれるものとする(推計方法としては右のように取扱うことも考えられる)と,右金2万8,800円は右標準外経費より除外することが相当であり,その場合は別表四はともかくとしても同九の標準外経費及び事業所得金額欄はかっこ内記載のとおりとなる。

(二)  売上原価及び標準経費等について

被告は,原告の売上原価及び標準経費等を算出するについて,原告の本件各係争年分の前記収入金額(塗装業による収入分)に同各年分の同業者率を乗じて算出するという推計方法を主張するので,これにつき判断する。

(1) 推計の必要性について

ところで,処分時に推計により課税せざるを得ない場合であっても,その後において実額計算をするに足りる帳簿等の提出があれば,特段の事情のない限りこれらにより算定すべきであり,原告は,本件訴訟において,経費中,支払利息,地代家賃のほか,外注労務費についてのみ実額を主張し,外注労務費の証拠としてその領収証(甲第2号証の1ないし28,同第3号証の1ないし27,同第4号証の1ないし28),支払帳(甲第6,第7号証)を提出しているから,右領収証,支払帳がそれぞれ実額を把握できるに足りる資料かどうかについて判断する。

まず,右領収証のうち,伊藤義純作成名義の領収証(甲第2号証の1ないし13,甲第3号証の1ないし12,甲第4号証の1ないし12)についての,証人伊藤義純の証言は,本訴に提出するために領収証に記載されている作成日付けより約5年も後に確たる資料もなしに同人の記憶のみに基づいて作成したというのであって致底真実を記載したものということができず,また,林保夫作成名義の領収証(甲第4号証の24ないし27)は,原告本人尋問の結果(第1回)によると,原告が勝手に林保夫名義で作成したものであることが認められ,また,本件弁論の全趣旨によると,原告は,他の外注先の領収証はすべて保存しておきながら,伊藤義純及び林保夫に関する領収証のみを保存していなかったことが認められるうえ,右伊藤義純及び林保夫の前示各領収証の記載が真実であることを裏付ける確たる証拠もみられない。もっとも原告は,右領収証を裏付ける証拠としてノートに記載した支払帳(甲第6,第7号証)を本訴においてはじめて提出しているが,原告本人尋問の結果(第1回)及び弁論の全趣旨によると,原告は審査請求の際にも国税不服審判所長に対し資料としてこれを提出していなかったことが認められるので,これらの支払帳が本件各係争年分当時作成されたものか,また記載内容が真実に合致するか疑わしいし,他に右記載内容を裏付けるに足る確たる証拠もない。

したがって,右支払帳及び領収証の記載内容は正確なものとして致底措信することはできず,仮に原告主帳の外注費の一部には実額であることが認められるとしても,それによって売上原価等の必要経費の実額を算定することはできない。

そうすると,他に原告の本件各係争年分の売上原価及びその他の一般経費の実額を把握するに足りる資料の存しない本件においては,被告税務署長が推計により原告の本件各係争年分の売上原価等の一般経費を算出したことは現時点においても相当といわざるをえない。

(2) 推計の合理性について

推計には合理性がなければならないが,このためには経験則として採用する推計方式自体に合理性があり,かつ,推計の基礎とした事実の選択が本件事案にとって適切であることを必要とするものといわざるをえない。

これを本件についてみるに,いずれも成立に争いのない乙第1号証,同第2号証の1,いずれも弁証の全趣旨によって原本の存在及び成立が認められる乙第2号証の2ないし22,前記乙第10,第11号証,証人黒川曻の証言並びに弁論の全趣旨によれば,被告は本件係争各年毎に,西宮税務署管内に納税地を有し,かつ,原告と同種の建築塗装業を営む個人事業者で,①青色申告書によって確定申告をしていること,②年間を通じて事業を継続していること,③他の業種目を兼業していないこと,④不服申立又は訴訟継続中でないこと,⑤収入金額が昭和51年分については金860万円から金1,610万円まで,同52年分については金1,120万円から金2,100万円まで,同53年分については金1,170万円から金2,180万円までの範囲にあること(右金額は,裁決によって原告の収入金額として認定された昭和51年分金1,236万1,250円,同52年分金1,613万2,490円,同53年分金1,672万2,430円を基準に上限及び下限の各割合がいずれも30%の範囲内のものと限定したもの)の6項目の条件をすべて充足している者を抽出したこと,その結果,右条件すべてに該当する者は,昭和51年分について4名,同52年分について8名,同53年分について9名であったこと,右該当者については,納税者の秘密保持の見地から住所,氏名を特に隠されているが,それ以外の収入金額,売上原価等(売上原価,標準経費,給料賃金,外注費,専従者給与),同業者率は,昭和51年分につき別表六中「同業者C」の「売上原価等③標準経費」が金180万8,533円(乙第2号証の4の経費欄の金額の合計額から給料賃金の額を控除した残額),「⑦計」が金939万8,788円,「同業者率」が85.38%,そして「同業者率」の「合計(4名)」が313.77%,「平均置」が78.44%となる以外は別表六のとおりであること,また,同52年分につき別表七中「同業者L」の「売上原価等③標準経費」が金220万9,737円(乙第2号証の13の経費欄記載の各金額のうち給料賃金,利子割引料,外注費,車庫代を除くその余の金額の合計額),「⑦計」が金955万5,402円,「同業者率」が80.18%,そして「同業者率」の「合計(8名)」が607.42%,「平均値」が75.92%となり,それ以外は別表七のとおりであること,同53年分につき別表八のとおりであることが認められ,同認定を左右するに足りる証拠はない。

そこで,原告の本件各係争年分の標準経費の算出につき右に認定の同業者率によることの合理性につき検討するに,右事実によれば,被告は前記同業者を無作為,かつ,機械的に抽出したのであるから被告の恣意の介入する余地はなく,また,これを抽出するについても,場所的関係においては原告の営業所の存する西宮税務署管内のうち西宮市と宝塚市内に限定するなど,前記のような条件を設けているのであるから,右同業者率においては原告と右同業者との間における業種,業態,立地条件の同一性,営業規模の類似性が保たれており,また,青色申告者はその営業に関する帳簿書類を備付け,事業所得に関する取引を正確に記帳するものであるから,右同業者の申告にかかる金額等も正確に算出されたものというべく,右金額を他の同業者の所得金額の推計の基礎資料とすることは,右同業者の中に近似値としての推計を不合理ならしめる程度に特殊な事情を有する者が含まれない限り,合理的なものと解される。

そこで,さらに右同業者につき検討するに,昭和51年分の4業者については,収入金額が最高で金1,525万2,235円,最低で金887万2,000円,同業者率は約69%ないし87%,右各収入金額は原告の収入金額金1,268万7,750円の約70%ないし120%であること,昭和52年分の8名については,収入金額が最高で金1,849万7,273円,最低で金1,191万6,730円,同業者率が約64%ないし90%,右各収入金額は原告の収入金額金1,597万5,640円の約75%ないし116%であること,昭和53年分の9名については,収入金額が最高で金1,817万3,950円,最低で金1,280万8,700円,同業者率が約64%ないし94%,右各収入金額は原告の収入金額金1,735万4,680円の約74%ないし105%であることがうかがえるうえ,他に同業者率の資料として不適当とすべき特段の事情もないので,いずれも営業形態,規模,収入金額等において原告のそれと近似・類似性があるので,原告の所得を推計する基礎資料としては相当の範囲内のものということができる。

また,抽出された同業者数も,昭和51年分の4名,昭和52年分の8名,昭和53年分の9名で,その収入金額,同業者率共に前記のとおりほぼ類似し,しかも前記特殊事情もうかがえない類似性のある同業者である一方,建築塗装業者は比較的少数と推定されることからして,右同業者数でもって同業者の個別性を平準化するに足りるものと解される。

してみると,前記同業者の平均同業者率により原告の本件係争各年分の売上原価等一般経費を推計する方法は,その他に特段の事情のみられない限り一応合理的な方法ということができる。

(3) そこで,原告主張の合理性欠如事由について検討することとする。

(イ) 原告は,巷間には原告と同規模の収入をあげながらも倒産する事業者が多いのに,被告は単年度の優良事業者(51年分の4業者はその後姿を消したがその理由は明らかでない)のみを取り出し同業者率を主張するのは現実離れの虚構性があり不当である旨主張する。

しかし,前記認定のとおり被告は原告の確実(控え目)な収入金額を基準として同業者抽出の前記条件の下に無作為,かつ,機械的にそれに該当するすべての同業者を抽出したものであり,このことからすると昭和51年分の4業者がその後抽出されなかったのは前記条件のいずれかを充足しなかったためにすぎないものと認められ,同業者抽出に当って原告主張のような優良事業者のみを選ぶなど被告の恣意が介入したものと断定することはできず,原告の主張は採用できない。

また,原告は収益をあげて営業を継続しているのであるから倒産業者等を対比資料としての同業者とすることは相当でない。

(ロ) 原告は,縷々述べて被告の採用した売上金額により括る同業者率算定の手法を批判し,同業者というためには,①固定数(設備規模)の同一性と②操業度の同一性又はそのいずれもの類似規模が必要である旨主張する。

しかしながら,推計方法が合理的であるには,できるだけ真実の所得に近似した数値が算出されうるような客観的な方法であることを要するのであって,同業者率の比準同業者を抽出するについては,その同業者の提供する資料が正確で客観的なものでなければならない。

ところが原告のような建築塗装の個人営業においては,固定費についてはともかく,操業度(就業時間数に比例すると思われる)については,その正確,かつ,客観的な資料を得ることは実際上容易ではないと考えられるから,原告主張のような固定費と操業度による経費率の推計方法は,多数の納税者間の公平な税負担を迅速適正に実現すべき税務行政上の便宜を考慮するまでもなく,所得税課税における推計方法としては合理的ではないといわねばならない。

前記のとおりであって,その結果,同業者としての類似性を否定するような特殊事情も存しないのであるから,これらの同業者率を平均し同業者の個別的事情を捨象した方法による本件推計課税は,原告主張の点において厳格な同一性が存しなかったとしても,不合理なものということはできない。

(ハ) 原告は,営業形態の特殊性として原告がその受けた仕事のほとんどを再下請(外注)に出すため外注費の占める割合が他の業者に比較して高いことを強調し,この点を看過して容易に行った本件推計課税は,その前提において同業者との類似性を欠き不当である旨主張し,右主張に沿う証拠として前記のとおり甲第2号証ないし28,甲第3号証の1ないし27,甲第4号証の1ないし28(以上,いずれも給料及び下請代金の領収書),甲第6,第7号証(いずれもノート)を提出し,原告本人尋問の結果(第1回)中にも右主張に沿う部分があるが,これらの証拠がにわかに措信できないことは前述のとおりであるから,原告が他の同業者に比べ特に外注費を多く支出しているとすることができない。

(ニ) 原告は,変動費である外注費と固定費である給料賃金とを同質のものとして推計に利用するのは合理的ではないと主張するところ,原告の右主張は,損益分岐点の経済理論を前提とするものであるが,なるほど理論上正確に利益額を推定するには変動費と固定費とを区別する必要はあるものの,推計課税においては所得額が少なくとも推計額を超えることが証明されれば十分であり,原告のようにその売上が損益分岐点を超え利益を生じている場合には,前示の範囲の収入金額のある同業者について,外注費と給料賃金とを一括して算出した売上原価等の同業者率をもって,前示の目的での原告の推計に利用したとしても,合理性がないとすることはできない。このことを別表六でみると,昭和51年分の外注費を支払った「同業者A及びD」の経費率がそれぞれ86.67%,72.68%,両者の平均79.67%,外注費を支払っていない「同業者B及びC」の経費率はそれぞれ69.04%,85.38%(後記認定の%),両者の平均77.21%と外注費を支払っているか否かで経費率にそれ程の影響を与えていないこと(この点は昭和52年分同53年分における同業者においても同様)からも肯定される。この点からも,「給料賃金は固定費であり,外注費は変動費であって両者は性質を異にし,同質のものとするのは誤りである」との原告の主張は必ずしも当を得ないといわねばならない。

(ホ) なお,原告は外注費について実額を主張するが,前記のとおり,原告主張の実額が客観的事実に合致するか否か疑わしいのみならず,前記認定のとおり,原告には別表二に記載の売上先の明らかな各取引以外にも同表中「その他」に記載の相当数の取引が存在し,同表記載の取引は原告の総取引の一部にすぎず,他に相当額の補捉もれがあることが窺える以上,補捉された取引額と原告主張の外注費との対応関係を明らかにしないままその一部の外注費についてのみさらに実額の主張をすることは相当でない。

(三)  貸倒損失金について

原告は昭和52年分について,影山工務店に対する金30万円を貸倒損失金として認めるべきであると主張するので,この点について検討する。

前記認定のとおり,原告と影山工務店(影山皓一)との取引は昭和52年の1回のみであり,また,代金35万円のうち金5万円については現金で原告に支払われ,残金30万円については原告に支払われたと認める証拠がなく,また前記甲第5号証の1及び2並びに原告本人尋問の結果(第1回)によれば,右影山皓一はその後何処かへ転居して所在が判らなくなっており,原告が昭和52年8月24日に残金の請求をすべく郵送した請求書も転居先不明で返送され,今日までそのままとなっていることが認められる。

してみると,原告の右影山工務店に対する残金30万円は貸倒れ損失金と認定されるべきである。

そして,右貸倒れ損失金は標準外経費に計上すべきであるから,原告の昭和52年分の標準外経費は金43万4,776円(地代家賃金を除外すると金40万5,976円)となる。

(四)  総所得金額について

本件係争各年分について,いずれも前記認定の原告の塗装業による収入金額から売上原価・標準費等の金額及び標準外経費等を控除し,昭和52年分については株式会社大宏からの雑所得金60万円を加算すると,本件係争各年分の原告の総所得金額は別表九「⑥総所得金額」欄記載の金額(地代家賃金標準経費に含めた場合はかっこ内の金額)となる。

3  以上によれば,原告の昭和51年分ないし同53年分の総所得はいずれも少くとも本件更正処分において認定された額を超えるものであることが明らかであるから,右範囲内でなされた本件各更正処分は適法である。

四  よって,原告の本件請求はいずれも理由がないので棄却することとし,訴訟費用の負担について,行政事件訴訟法7条,民事訴訟法89条を適用して,主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 野田殷稔 裁判官 小林一好 裁判官 傳田喜久)

<以下省略>

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